日清通商航海条約

日清戦争の勃発によって日清修好条規が破棄されたので、戦後の下関条約に基づいて1896年7月21日に新たに結ばれた、日本に有利な不平等条約。北京で調印。日清戦争における日本の勝利を受けて、日清修好条規の変則的な対等条約から日本に有利な不平等条約に改められた。

本条約により日本は清に対して領事裁判権、協定関税、最恵国待遇など欧米と同一の特権を獲得し、これを足場に中国市場に進出した。また辛亥革命で成立した中華民国にも引き継がれた。

五・四運動以後、不平等条約破棄を求める中国国民の声が高まり、1928年7月19日、当時北京政府に代わって中国を掌握していた蔣介石の南京国民政府が一方的に破棄を通告、日本側はこれを拒否して継続を宣言したが、その後日本側からも対立悪化を懸念する声が上がった。1930年5月6日に日本政府が条約改訂に応じ、中国は関税自主権を回復した。

その後、日中戦争下で汪兆銘政権が成立すると、同政権を擁護する立場から不平等条約破棄が検討され、1940年11月30日に日華基本条約が結ばれて不平等条約は正式に破棄された。

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